数週間前、狭いバスの中で私はそれと対峙していた。
もう無理だ。ここから逃げ出したい。
でも逃げ出す大人なんて、きっといない。
もしそんなことしたら、私は一生笑いものだ。
わずかな救いを求めて、隣に立つおじさんをジッと見たが、そのおじさんは目の前の壁を見つめている。
頬に「早くしてくれ」と書いてあるように見えた。
もう引き返せない。
私は意を決して、それを一気に飲み干そうとした。
しかし一口、口に含んだところで脳が異物と判断したのか、うまく飲み込むことができない。
その白い魔物はしばらくの間、私の口の中にじっと滞在していた。
そうだ。
これを他の美味しい飲み物と思うようにしよう。
私の脳を、私自身がだますのだ。
「ヨーグルト、ヨーグルト・・・」
やっと全てのバリウムを飲み終え、その数秒後には固い台の上で、天からの細やかな指示を受けながら回転させられていた。
無事に全てを終え、検査室から出ると、私にバリウムを手渡してくれたおじさんは、「ごくろうさん」と言ってくれた。
おじさん、ごめんね。
検査車両のバスの外には、たくさんの人が並んでいるのに、私ひとりに無駄に時間をとってしまった。
他の人にとっては何てことないことかもしれないけれど、私にとっては恐怖のひと時。
むしろこれによって寿命が縮んだかも、と夫に話すと、呆れた顔で「自営業なんだから、自分の体は自分で守らないとね。」と妙に優等生のようなセリフを放ったのだった。
どうか来年にはバリウムの研究が進んで、もっと美味しくなっていますように。
(2018.10.31 こまつ)