第165号 私を育ててくれた人

かつて勤めていた会社の元上司が先日、お亡くなりになりました。

社会で仕事をしていく上で大切なことを教えてくれた人。
この方に出会っていなかったら、今の私はいませんでした。

かつて私は新卒で地元の企業に入社し、約3年間ほど住宅メーカーの会社員として仕事をしていました。

最初に配属された先は、新卒社員をたくさん入れて、仕事を進めながら「人材を育てる場所」という位置づけの部署でした。
そして、その部署のトップに立つ部長は、非常に個性的な方でした。
「個性的」というとすごく曖昧な表現ですが、平たく言えば厳しくて難しい人。

毎日、精神状態がギリギリまで追い詰められ、でも先に進めと追い立てられるような毎日。
この状況を上手く伝えることが難しいのですが、とにかく毎日が大変で心身ともに疲弊して、入社後あっという間に退職する社員もいました。

ただ、この状況を一歩引いて見てみると、部署全体には常にユーモアと愛情があり、そして優しくサポートしたり、時に叱責してくれる先輩たちがいました。
先輩たちも部長にコテンパンにやられていたし、悩んでいるようだったけど、帰りに居酒屋で皆であれこれ話しているうちに、もうちょっとだけ頑張ってみよう、という気持ちになっていました。

あえて仕事をスムーズに進めさせず、問題を作り出し、それを解決する一連の流れの中で、自分の弱さに向き合い、他者と協力しあい、壁を乗り越えていく。
そのやり方は乱暴で、誤解を与えるようなことも多かったと思いますが、いつも裏側には愛があった。
それが部長の人材育成のやり方でした。

夢の華やかなOL生活とは無縁でしたが、気が付いたら精神的なたくましさ、ピンチが訪れた時の対処法や心の持ちよう、人の心に寄り添う仕事の進め方など、社会で仕事をしていく上で、ものすごく大切な財産を与えてもらっていたのでした。

退職後、私が花屋を始めてからも、ずっと気にかけて下さり、部長との交流は続いていました。
この春に久しぶりに連絡があり、ご自身が病気であるという事を告げられ、病院へお見舞いに行き、その数日後にお亡くなりになりました。

最後の最後まで、私のことを心配し、気遣う言葉をかけて下さいました。

社会人としての私をまさに「育ててくれた人」。
私が年老いて、自らの歩んだ道を振り返った時、道のど真ん中で笑顔で手を振って下さっているような、ものすごい存在感のある方でした。

どうか安らかなる眠りを。
心からご冥福をお祈りします。

(2018.4.30 こまつ)