第67号 愛着が大切

最近、白洲正子や宇野千代、青山二郎という、骨董を愛した文人たちに関する本を読んだこともあって、「骨董」という言葉に敏感になっています。

愛嬌のある形の急須。

愛嬌のある形の急須。

骨董とは「古人が使用した美術的な陶器を、実用と愛玩(あいがん)のために身近に置くこと」だそうで、この「実用と愛玩」というのが骨董の最大の魅力ではないかと思います。

骨董品を購入しようと思えば、それは驚くほど高価で、実際は手が出ません。でも青山二郎が「器は育てるものだ」と語ったように、使うことで味わいを増すような、そんな食器が欲しいと常々思っていました。

色も形も様々な湯呑。時に小鉢としても使用しています。

色も形も様々な湯呑。時に小鉢としても使用しています。

そして先日、ある「急須と湯呑」に巡り合いました。買おうと思えば、すぐに急須とお揃いの湯呑セットが安価で手に入りますが、今一つ魅力を感じるものがなく、今迄ずっと買わずに我慢していました。購入した後も愛着を持って、使うごとに味が出るような「育てる事の出来る」一品が欲しいと、出かけた先でお店を覗いては探していました。

どんなものを置いても美味しそうに見える木の皿も好き。

どんなものを置いても美味しそうに見える木の皿も好き。

そして都内のある雑貨店の奥で、その茶器に出会いました。ひとつひとつが手作りで、土の温かさを感じられるような優しい手触り。急須と湯呑はお揃いでセット販売されることも多いのですが、手作りである以上それは難しいようで、湯呑の色も形もバラバラです。でも、全てを一度にそろえるのではなく、自分のイメージに合ったものを時間をかけて探し、出会い、少しずつ買い足して使用するというプロセスが、とても豊かなことのように感じられました。

素焼き鉢も時と共に風合いが変化するアイテムです。

素焼き鉢も時と共に風合いが変化するアイテムです。

たかが茶器。でも、愛着ある茶器で入れた煎茶を、秋の風を感じながら飲む一時は、この上なく贅沢な時間です。しみじみと幸せを感じます。

安いからと言って使い捨てるのではなく、愛着を持てる品をじっくり探し、補修したり手入れしながら大切に使うという事は、環境にも、生活を豊かに楽しむためにも、必要なことかもしれません。私はこの急須と湯呑をこれからも大切に愛でながら、ちょっと縁が欠けたとしても自分で補修をし、それも味わいとして育てていくつもりです。

秋の夜長、梨をつまみながらお茶を味わう時間が、何より楽しみです。

(2009/9/30 こまつ)